限られた小さな世界の中に、浮かび上がってくる存在感。
それはまるで、禅の世界に惹きこまれたかのような、「日常の中の小宇宙」。
イラストレーター水谷嘉孝氏の作品10点と、インタビューをお届けします。
— この作品は、世界的グラフィックデザイナー原研哉さんと17年にわたって二人三脚で生み出してきたものなんだそうですね。
(水谷)
はい。この作品は、朝日新聞社の月刊誌「一冊の本」の表紙をかざってきた絵の一部なんです。
年間12枚、17年で200枚以上の表紙を描いてきましたが、その中から厳選した作品を10点、ピックアップしてみました。
— 「日常の中の小宇宙」というタイトルの通り、表紙という限定された空間の中にポッカリと、リアルに描かれた物体が浮かぶ、ディテールにこだわった繊細な絵 ですね。
(水谷) ほとんどの絵は、実物を用意して観察して、ものすごく詳細に描いているんですよ。
たとえば和菓子をモチーフにした作品を展示しているんですけど、この和菓子、実際に手作りしてから描いたんです。
着色した白あんを葛まんじゅうの中に入れ、笹の葉に包んで、ちまき風に形を整えたんですね。
それは、笹の葉の繊維に包むことでできた葛まんじゅうの表面のシワなどを、リアルに描きたかったからなんですよ。
それから、海老の握り寿司をモチーフにした作品があるんですけど、シャリが描かれていないことに気づいていただけましたで しょうか。
これ、あえて描かなかったんです。シャリが描かれていないのに、まるでそこにシャリが存在しているかのように感じるように。
個人の想像力にまさるものはないので、ある意味、よりリアルに描けたと思っています。
そんな楽しみ方をしていただけることが、この作品展の真骨頂でもあります。
— ほんとですね、まるでそこに存在するかのように、浮かび上がってきますね。
一流の仕事に触れること
— 20歳の頃に、著名なイラストレーター横山明氏に師事されたそうですね。
(水谷) はい。運良くアシスタントにつくことができまして。
これはもう、運命としか言い用がないというか、ありがたい出会いでした。 求人が出ていたので、ダメ元で応募してみたら採用されまして。
後から聞いた話によると、採用理由は絵が上手かったからではなく、「こいつは田舎から出てきて、純朴そうな感じだから、少々 こきつかっても辞めないだろう」ってことだったみたいなんですけどね(笑)
当時は、リアル・イラストレーションが全盛期の頃で、横山明先生はその中でも、飛び抜けた才能を発揮されていた一流アーティストでした。
実は高校3年の初夏ごろに、偶然に「イラストレーション」っていう雑誌を見て、リアル・イラストレーションの世界に衝撃を受 けたのが、絵を勉強し始めたきっかけだったんですよ。
その中で、横山明先生の絵も紹介されていて、手作業でここまで表現できるんだなと、ほんと全身にビリビリ~ってくる衝撃で。 「スッゲー、こんなの描いてみたい!」って思ったんです。
その憧れだったアーティストのアシスタントになれるとは、夢にも思っていませんでしたが。
怖い先生でしたね~。特に初年度は、ボロクソに言われて。辞めて田舎に帰れと何度言われたことか。本気でやめようと思ったこ ともあったぐらいです。
今にして思えば、あのおかげで今の自分があるわけなので、感謝してますけどね。
横山明先生のところでお世話になっていなければ、今の仕事はやっていないと思います。
実は、美術の成績は2でした
— 子供の頃から、絵はお得意だったんですか?
(水谷) それが、学校の成績はすごく悪かったんですよ。
美術の成績で2を取ったことがあるくらいです。
なぜかというと、絵を描くのがすっごく遅い子供だったんです。
授業中に描き終わらなくて、完成させられない子だったんですよ。
— あー、いましたね、クラスにそういう子。
(水谷) 時間内に終わらないから、結局、課題を完成形で提出できなかったりして。
だから、美術の成績がものすごく悪かったんです。
自分の作りたいものが、時間内に完成できなかったんですよ。
— それは、描くのが遅いというよりも、完璧主義に近かったという感じですかね?
(水谷) そうかもしれないですね。時間内に完成させるということよりも、満足行くまで描きたいっていうのが大事だったので、授業時間だけだと足らないんですよ。
だから、間に合わない~って思いつつも、完成させたい思いが優先してしまうので、授業時間内だと、結果的に未完成になっちゃってたんです。
だから、美術の成績で2を取ったことありますよ。
結局、いくつかの課題を出せなかったんですよ、完成できなくて。
写生大会とかも、すごい困るんですよ。あんな短い時間では、絶対に仕上がらない(笑)
描き始めると、細かい部分まで描き込んじゃうから、規程の時間内だと絶対終わらないんですよ。
だから成績はすごく悪かったです。
— 成績が悪くて、劣等感を持ったりとかはあったんですか?
(水谷) それはなかったですね。
時間があれば、ちゃんとできるのにっていう気持ちで、納得いかない感じではありましたけど。
だから成績はもう、どうでもいいと思ってましたね。
それでも今は、早く描くようにはなったんですけどね。
間に合いませんでしたってのは、プロとしてはありえないので(笑)
いかにして早く描くかというのは、プロの仕事としては重要なことですから、その点はスキルをアップすることで克服しましたね。
「職人に徹する」という美学
— リアリティを表現する上で、意識していることはありますか?
(水谷) 職人に徹するということを意識していますね。
自分は、直感的に創作するタイプではなく、テクニカルな部分を突き詰めていくタイプなんじゃないかと思っています。
ディレクターではなく、プロデューサーでもなく、1つの役割を担っている役者だと意識していますね。
1つの作品を生み出す中で、求められているものを実現することにベストを尽くすこと。
期待されているものを、期待以上のクオリティでつくり上げることに喜びを感じるんですよ。
— やりたくない仕事や、納得いかない仕事には、どのように対処していますか?
(水谷)
その仕事を好きになるっていうのも、1つの方法ですよね。
「転職するにも、そもそも好きなことが見つからない」っていう人がいたりしますよね。そういう時は、転職先を探すよりも、今 の仕事に入り込んでいけば好きになれたりするって言いますけど、それと同じですね。
好きになれるかどうかは、そこに新しい発見があるかどうかだと思います。
日々の新たな発見がないと、好きになれないんですよ。
新しい発見があれば、仕事が好きになってきますし、やる気が湧いてくるもんですよ。
そうやって自分でモチベーションを維持していくことも、プロフェッショナルの仕事だと言えるんじゃないでしょうか。
— 水谷さんの、「職人に徹する美学」を、かいま見させていただいた気がします。ありがとうございました!
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Profile
水谷嘉孝(みずたに よしたか)
1964年三重県生まれ。
’84年日本デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業
同年イラストレーター横山明氏に師事
’88年フリーランスイラストレーターとして独立、現在に至る
’96年~現在、月刊「一冊の本」(朝日新聞出版)表紙イラスト担当
イラストを担当したサントリー黒烏龍茶の広告が雑誌広告電通賞を受賞